無職ぽこのらくがき

自由に好きなことを好きなだけなぐり書き

はじめての携帯からの投稿

用事があり外に出ている

無職にも用事はある

まあ、大した用事ではない

携帯をいじっても怒られることもない

 

普段はパソコンから投稿しているが、

今日は携帯から投稿してみたいと思う

 

よくわからない予測変換に悩まされる

まだ大して書いていないのにも関わらず

 

iPhoneを10年近く使っている

フリック入力はお手の物だ

ただデカすぎるのだ

もっと小さければいいのに

そう思うがミニは選ばない

ひねくれている

 

理由は単純だ

大きい画面でゲームがしたい

動画が見たい

せっかくなら大きく!

そのくらいだ

 

小学生の時に携帯がここまで便利なものになるなんて思っても見なかった

記憶にあるのは父の携帯でもぐらたたきのようなゲームをしていた記憶だ

場所は決まって床屋の順番待ちの椅子

駄々をこねたのかもしれない

暇にならないように父の優しさだろう

詳しくは覚えていないが笑

ただ、一生懸命1〜9を探した記憶はある

 

今そのゲームがアプリで出たとしても流行ることはないだろう

あの画質で

あの小さな画面で

あの瞬間だったから楽しかった

そんな気がする

 

これからの携帯はもっと進化していくのだろうか

私自身現時点の機能でさえ、使えていない気がする

機械関係が苦手なわけではない

ただ多機能すぎるのだ

 

便利なのは間違いないと思う

調べればすぐに答えを教えてくれたり

翻訳をしてくれる

悩んでることだって似たような人を見つけれる

普通に生活してたら会うことができないような人の投稿だって見れる

本当にすごい世界だと思う

 

ただほんの少し寂しさも覚える

今の学生は基本常に携帯を持ち歩いている気がする

小学生すらもだ

 

持つことが悪いとは全く思わない

何かあった時に安心感をくれる

子供だけじゃなく、親にも

そういう意味ではみんな持って欲しい

 

ただ、今回言いたいのはそこじゃない

 

友達や好きな人と一緒になって、調べたり、教えてもらったりした経験が、携帯ひとつで済んでしまうということだ

 

勝手に寂しくなる

 

ワイワイみんなであーだこーだ騒ぐあの時間

いまだに覚えている自分がいる

間違いなく遠回りだったと思う

もっといいやり方なんて山ほどあったに違いない

それでもみんなで協力して何かを成し遂げた経験は貴重だった

全力で喜びをぶつけ合った

少ないお小遣いでお菓子を買ってパーティーをしたりもした

打ち上げなんて言葉を知らないくせに笑

 

他にはなんだろうか

誰かの家に集まってゲームすることがなくなってしまったりも寂しい

 

友達の兄弟と仲良くなったり

ペットに会いに行ってみたり

友達のお母さんと仲良くなったりもした

そしてたまに怒られる

そんな思い出も現代では通信対戦により減ってきているだろう

 

小さい画面を5人くらいで覗き込む

たまに見えなくなる

見えていたかのように一緒になって盛り上がる

そんな思い出が蘇ってくる

 

そんな経験しなくてもいい

今の子供たちには言われてしまう気がする笑

 

子供から見れば自分もおじさんだ

携帯で記事を書いただけで、ここまで脱線した

ただ、懐かしい記憶を思い出せた

 

大変だったけど携帯で書いてよかった

そう思えた